とある札幌らーめんの店。我が家では「おっちゃんのらーめん屋」で通っている。愚息が三〜四歳の頃、よく食べに行っていたのだ。

おっちゃんは帰りにいつも
「アメ、あげてもいい?」
と必ず私たちに承諾をとってから愚息にペロペロキャンティをくれた。
うるさい親もいるからね。

その店に、六〜七年ぶりに行った。ほぼ満席。小学生の男の子と幼稚園かなくらいの妹を連れた若い夫婦がその中にいた。お父さんは大盛りを食べ、餃子をとって小瓶。お母さんは自分のらーめんから女の子に分けてあげて、お兄ちゃんは一人丼と格闘している。そんなどこにでもありそうな家族の風景。

私はそのお兄ちゃんの右隣に座り
「小瓶と味噌を麺硬でね」と頼む。
「はい」
と私の注文を受けて、おっちゃんは待たせているほかのお客さんのために餃子を焼いたり、麺を茹でたり、つまみをつくったり慌ただしく動いていた。久しぶりだから、まだ思い出してもらってないなと出された小瓶をグビグビ飲む。なにせ20キロ走ったあとだからね、小瓶じゃ本当は足りないくらい。でもきょうは事務所に出なきゃいけないからこのくらいでと。

さて、私の味噌らーめんをつくる順番がきた。おっちゃんが白味噌の加減を整えるのを見ているのはけっこう楽しい。硬めに茹でた(そんなでもなかったけどね、何せすべてを一人でやっているのでそんな厳密なことにはならないのよ、この店は。それでOKな店)麺を味噌のスープの中に入れてトッピング。

メンマ、葱、若布、卵(卵のスライサーで切ったもの半個見当)、卵、卵、ん?
「おまちどおさま。チャーシューいらなかったよね」とおっちゃん。
ははぁん、私のことは分かってたんだ。その証拠にいつもここを間違える。

(当時、私がいらないと言っていたのは卵。その分若布をくださいなんて言っていた。でも、いつからかおっちゃんは、チャーシュー嫌いだと私のことを記憶するようになった)

しかし私もそのことを訂正しなくてもいい歳になった(笑)。
いいよ、いいよ、覚えていてくれてありがとう。

私が食べているうちに、件の家族連れが愛想に立った。するとおっちゃんは、すかさず「僕とお姉ちゃんに」といってペロペロキャンティを差し出した。その時、おっちゃんはおじいちゃんの顔になっている。

さて、私もお勘定。ちょうどの額をカウンターにおくと、丼を洗っていたおっちゃんが(未だに手作業なんです、ここは)、
「Tくん、いまいくつよ」
と聞いてきた。
びっくりした。愚息の名前を覚えてくれていたとは。
少しだけ、おっちゃんと昔話をして店を出た。

卵三つのらーめんも悪くない、と思った。