反り返るカウンターに傾く美酒。

このBARはうなぎの寝床のような構造をしているのだが、入ってすぐ、右手を振り返るとワインセラーがあり、その上に小さな小窓があった。入り口に向かってまっすぐ伸びてきたカウンターはこのあたりで曲がり、ストゥールは設えれられていなかった。混んでいるときなど、ここで立って飲みながら小窓を見上げた。月が見えることはなかったが、雨粒が小窓を濡らす様などに訳もなく考え入ったりした。

しかし一番好きだった席はカウンターの一番奥の席だ。この席のあたりのカウンターはストゥール側がグンと反り上がっていて、カウンターとしては失格だった。

「乾ききっていなかったんでしょうね。だんだんと反ってきてしまって。でも少し落ち着いてきました」

マスターは淡々と話していたが、とある時一緒に飲みに来た建築家はこの席に座るやいなやカウンターにさーっと両手を伸ばし、

「だめだよ、これは」と呟いたものだ。

それより少し前。私はマスターの薦めでオールドモンクなるインドのダークラムを知った。何か秘密を抱えていそうな深い色。見た目に違わず溢れるコクとまろやかな甘さ。その旨さに唸った。しかしなぜ、インドでこんなラムができるのだ。じぶんの浅薄な知識を棚に上げ、妙な感動の仕方をしたことを覚えている。

建築家と一緒の夜。オールドモンクを彼に教えた。セロニアス・モンクをどうしても思い出してしまうという一言を添えて。その杯を傾けて唸っていた彼は、ご返杯とばかりにシングル・モルトを私に薦めてくれた。

ラガブーリン。モルトウィスキーを代表する銘柄だという。一般的に酒屋で手に入る程度のモルトしか知らなかった私には新鮮だった。強烈な癖が飲み手を刺激してくる。草の匂い、土の薫り。さらっとドライな口当たり。建築家の彼は、きっとわざとオールドモンクと対極にあるような酒を私に教えたに違いない。世の中には旨い酒がまだまだたくさんあるのだと。

オールドモンクもラガブーリンも、カウンターの上で少しだけ傾いていた。(つづく)

第一話「かけがえのないBARとの邂逅」はこちら

第二話「マスターをやり込める女性の一言」はこちら

第三話「竹林の向こうの蠢く気配。」はこちら